令和2年1月27日・月曜日、当店の上着職人、黒木幸(みゆき}84歳が、鹿児島中央ロータリークラブより、「職業奉仕賞」をいただきました。
以下は、黒木の表彰式当日のアトリエ責任者からのご挨拶になります。
黒木幸 職業奉仕賞 受賞にあたって
鹿児島中央ロータリークラブの皆様、
弊社の職人、黒木幸へ職業奉仕賞をいただきまして、誠にありがとうございます。
黒木幸は昭和10年生まれの84歳です。中学校卒業後仕立て職人の道に入り、以来68年現役の技術者として働いています。当店には46歳の時に入店しましたので、今年で38年目となります。
私が鹿児島に移り住み、25年が経とうとしています。なので、黒木との付き合いも25年になります。
当店は店舗とアトリエが一体となった作りで、お客様からもアトリエで働く職人たちがご覧になれる店舗となっております。
当店には、6人の技術者が在籍しています。黒木と74歳のベテラン職人の2人の他に、20~304月には18歳の高卒の見習い生が入店します。長く技術者の養成が出来なかったために、ベテラン2人と若手の間には、40歳、2世代分のブランクがあります。
彼らは、全員上着とズボンを個人で仕立てる事が出来る「丸縫い」の技術者です。丸縫いが出来る技術者の数は減り続け、国内では500人ほどしかおりません。
ちなみに、25年前には鹿児島に80軒ほどあったテーラーも、県下で5軒ほどになりました。
古く遡り、黒木の若かりし時代には、丁稚奉公からスタートして技術を覚えるのですが、先輩職人が教えることはなく、ノートを取る事もなく「技術は見て盗め」という時代でした。
ただし、高度成長の波とともに仕事は山のようにあり、仕事を早く覚えて見習いから一着縫うと幾ら、という「上り工賃」の職人になることが第一の目標であり、高い収入への道でした。
以前は、普通のスーツを始め、ご覧の様なモーニングやタキシードまで、型紙通りに早く綺麗に縫える職人が評価されていました。彼らは腕一本で店を渡り歩く個人事業主であり、定年もありません。
現在黒木は84歳です。しかし毎日針仕事をしていますので、常に「目と手」を動かし、数字を計算しながら縫っているのでボケもありません。
黒木は毎朝西陵の自宅から、天文館までバスで通勤しています。その明るい人柄から天文館では人気者で顔も広く、あちこちから声がかかります。毎朝8時前に出社し、日暮れ前の5時半には退社します。明るいうちに来てしっかりと仕事をして暗くなる前に帰る。これが良いリズムになっているのではと思います。
また、奥様が常に健康を意識した手作りのお弁当を作ってくれています。
一方、若手の職人は全員服飾の専門学校を卒業しています。学校では主にレディース服のデザインと縫製を学びます。縫製工場や販売などの経験を経て入店した者もいます。
「見て盗む」黒木やベテランの頃の時代ではなく、師匠が丁寧に技術を教え、ノートを取り実際に作って自分の技術にしていきます。
ファッション誌だけではなく、ネットで世界の最先端のデザインやディテールを学び、自分の作る服に活用もしています
最近では、若手職人は「インスタグラム」というSNSを使い、世界に向けて自分が作った服を発信することもして楽しんでいます。
アトリエでのベテランと若手はお互いに頼りにされる存在です。
男性用の正礼装「モーニングコート」ですが、お仲人さま、叙勲を受ける方、校長先生などが着用され、15年ほど前まではよくオーダーがありました。しかし今では仲人などの習慣も減り、モーニングコートを作るチャンスが減り、仕立てられる職人も少なくなりました。
そこで技術を伝承する為に、今年一月、当店の福留が着用するモーニング作りに取り組みました。
まず、入社5年目、30代の裁断士、伊達が初めてモーニングの型紙を引きました。服自体がウェストで上下の接続されている大変クラシックな形で、普通のスーツと全く違うディテールと作りに驚きました。
縫製担当は、同じく30代の黒木の弟子、女性職人の加治木です。加治木は今年で10年目、ジャケット、パンツ、ベスト、コート、ワンピースまで、全て美しく仕立てるマスターテーラーです。しかし、モーニングコートの仕立てだけは未経験でした。そこで、黒木の指導で一から仕立てることになりました。
加治木にとりましても初めての経験で、教科書にも書かれていない事が多く、ベテランの黒木のサポートなしでは、一着目のモーニングコートがここまでのクオリティにはなりませんでした。
この服には特別な形を作る為の技が隠れていました。
例えば、腰の張りを出す為に、ウェストにワタが入っています。
背中のベント部分と脇の縫い線には、「手星」と呼ばれるおめでたい飾りステッチが入ります。そしてモーニングの生命線である背中のテールの弓なりの曲線を重々しく美しく魅せる工夫があるのです。
その技術の全てを黒木は何も見ずに、覚えていて伝えてくれました。
これには加治木も驚かされたと言っています。
この度、私自身も「格式の高い装い」を作る過程を実際に見ることにより、このモーニングという服をどう着たらよいのか、ますます解ってくる気がします。
作る技術を知り、着る事が伝えられる仕事なのかなと、実感した次第です。
さて、黒木も現役とはいえ、最近はボタンホールやステッチなど非常に細かい作業に加え、デザインの組み立てなどは、若い職人に分業してもらっています。
一方、美しい袖付けや襟の立体的なロールなどは若い職人たちの模範となり、彼らの指導をしています。
技術面だけではなく生活面でも、一人暮らしの若い職人に、奥様の手作りのお弁当なども差入れする気遣いがあり、職場を明るくしようという思いやりがあふれています。
このように現在のアトリエではベテランと若手がお互いを頼りにして協業で仕事を進めています。
黒木にはこれからも健康に留意して、ますます長生きして仕事に励んでいただきたいと思います。このたびの受賞、誠にありがとうございました。
三洲堂テーラー 福留理恵子
三洲堂テーラー
鹿児島市東千石町18-8BIGIビル2F
ご予約・お問い合わせはコチラからどうぞ
WEBサイト
http://sansyudo.co.jp/booking-visit/
https://www.facebook.com/sansyudo/
https://www.instagram.com/sansyudo1930/?hl=ja